藤岡幸夫公認ファンサイトトップへ



2008年9月分


過去の一覧へ

←つづき(過去) つづき(先)→

2008/09/26   「Sachioの独り言」


 昨日は勉強の合間をぬって午前中は久しぶりにお墓参り。
すぐ近所なのに忙しくて全然行ってなかった。ついでにその隣のお気に入りの温泉に入る (ちなみに隣は北島康介が所属するスイミングクラブ) 。

露天風呂でのんびり。溜まってた疲れがとれる。

午後は勉強一息してから今度は近所のジムで泳ぐ。
肩こりと首が楽になる。


 昨日の夕方は空が美しかった ・・・・・・ 秋の夕陽は優しい ・・・。

@
もうすぐ僕の大好きな金木犀の香りがする季節だ ・・・


土曜日は久しぶりの東フィルさんとオペラシティでコンサート。とにかくよく歌うオーケストラなんで本番がすごく楽しみ!

 それでは皆さんコンサートでお会いしましょう!


    藤岡 幸夫


明日のコンサート(9/27) 第15回 京王音楽祭 (東京フィルハーモニー交響楽団)
にて、ヴェルディ「運命の力」序曲 ラヴェル「ボレロ」 を振られます。

藤岡さんによ過去の解説もご覧ください。 <管理人>
2008/09/20


 昨日から山形の天童に第九の合唱練習に行ってきた。とにかく合唱団がめっちゃ明るくて元気。すごく楽しかった!仕上がりまでまだまだだけど本番(10/5)がすごく楽しみ。ありがとうございました!


 昨晩と今日の午前中が天童の合唱団とのリハーサルで昼の飛行機で山形から大阪へ。

夕方から大阪のヨットハーバーで当サイト主催のファンの皆さんとのパーティー。関西フィルと僕を応援してくれていつも本当にありがたいと思ってる。

そしてこのファンサイトを立ち上げてたった1年でここまで仲間を増やしてくれた管理人の岡野夫妻本当にありがとう!


ヨットハーバーで風の音とマストの音を聞きながら学生時代を思い出してた。


僕は大学一年になった頃、一度夢を諦めた。音楽を忘れるのには大好きな海しかないとヨットのクルーになってヨットのレースに参加してた。

あの頃ヨットのレースが終わって海から上がって夕暮れ時の風に揺られたヨットのマストの音がするハーバーの雰囲気がすごく好きで、指揮者の夢を諦めるために必死に遊んでた自分を想いだす・・・。

この大阪の此花区にあるハーバーは目の前に夕陽が沈む。テラスでワインを飲みながら潮の香りを満喫できた。自然は美しい・・・



大学3年のときに渡邉暁雄先生に見いだされるまで一年中が夏休みだった・・・。


今日は久しぶりの夏日。夕陽が美しく素敵な時間を過ごせた。そうそう、昨日の山形の夕焼けも息を呑むほど美しかった・・・。


昨日、今日とめっちゃ癒された。

 それでは皆さんコンサートでお会いしましょう!


    藤岡 幸夫



美味しいお料理をいただきながら、この美しい夕日が楽しめる
藤岡さんお気に入りのレストランはこちら。 
皆様も機会が有れば是非お越しください。 <管理人もお気に入りです>
2008/09/18   「Sachioの独り言」


最近、以前にも話した古いアプライトピアノを使って勉強することが多い。

実家の仕事部屋で使っているグランドも気に入っているのだけど、この昭和ひとけたの時代にヤマハが作ったアプライトの音には なんだか特別な渋い味わいがある(さすがに僕が中学のときに弦は張り替えたけど)。

昭和って本当にスゴい時代だった。みんなが夢を追っていた時代だ。

このピアノにはなんだかあの頃の作り手さんたちの夢を感じる。
すごく贅沢な素材で丁寧な仕上がりだ・・・。

戦争で焼けなかったので、戦後に疎開してて楽器を失った音楽家の卵だった人たちもよくこのピアノを弾きに来てたそうだ。


なくなったおふくろも昔はよく弾いてたし、
僕が指揮者を夢みるマセガキだったころの夢も詰まってる・・・・・・・・・



このピアノの音にはいろいろなひとの夢がこめられてるのだ・・・。


この20年以上実家の片隅で埃をかぶってたけど、マンションに連れてきたおかげで ピアノが自分の居場所を見つけて喜んでいるように見える・・・・・・


オヤジより歳上のこのアプライトに 「お前も頑張れよ。」 と言われてる気がする。


    藤岡 幸夫


2008/09/14


 「展覧会の絵」 の話 その2


 昨日は群馬交響楽団とのコンサート。すごく楽しかったです。素敵な演奏ありがとうございました。
桐生市シルクホールも立派な大ホールで若いお客さんがたくさん。群響がいかに地元に根づいてるか実感。素晴らしいと思った。 
ソロの 松山 冴花 さんとは今年に入って3度めの共演。とにかく音楽のスケールが大きい。また共演するのが楽しみ。



 さて昨日振った 「展覧会の絵」 にはいろいろな思い出がある。


僕が中学の3年の時、器楽部の指揮者をしていて1年間朝から晩まで練習して音楽会で指揮したのが、この 「展覧会の絵」 の中の終曲 「キエフの大門」 だった。
あの頃の僕は毎日指揮者になることばかり考えてて、超生意気で鼻息が荒かった。音楽会のときは指揮台で暴れまくったことしか記憶にない。


時は経って、イギリスの音楽大学に入学してすぐ、僕の先生ティムがすごく僕のことを気に入ってくれて彼が大学で振るはずだったコンサートを僕に譲ってくれた。
その時振ったのがこの 「展覧会の絵」 で、リハーサル毎にティムが見に来てくれて、イギリスに着いたばかりの僕の英語は全く通じなかったけど学生達も一生懸命やってくれてコンサートも大成功。前期の終わりに賞をもらって嬉しかったなぁ。

大体僕は日本では中学から大学までいつも落第すれすれで卒業できたのは奇跡と言われてたから、学校で賞なんて信じられなかった。


でも一番の思い出はまだイギリスに留学する前の話しで、渡邉暁雄先生の 「展覧会の絵」 のレッスンだ。

先生の弟子になって2年め。
先生が 「来週からね、展覧会の絵をみてあげるよ。キミに合ってるんじゃないかな ・・・」
大きな管弦楽曲のレッスンは初めてで嬉しくて1週間めっちゃ勉強してレッスンに望んだ。


レッスン当日先生は

 「絵のところはいいからさ、プロムナードだけを全部振ってみてごらん。」

ちなみに普段の先生の指揮のレッスンはピアノの伴奏無しで、僕が暗譜で自分で歌いながら指揮する。(プロムナードは冒頭と絵と絵の間でいろんな形で同じメロディが奏でられる。)

 「なんで、プロムナードだけなんだろう?」
 と内心思いながら自信満々で全部のプロムナードを指揮し終えると ・・・・・

 先生は頭を抱えてた ・・・・・
 先生が頭を抱えてる姿を見るのは初めてで僕が驚いてると ・・・

 「あのねぇ ・・・・・ キミ全然この曲をわかってないよ ・・・」

 「この曲はただ絵を描写してるだけじゃないんだよ。」
 「プロムナードには絵の印象とムソルグスキーの想いが詰まってるんだよ。」
 「もっと絵を感じてムソルグスキーを理解しなきゃ ・・・・・」


 「キミにはまだ無理みたいだね ・・・。今日は帰りなさい ・・・」


ショックだったなぁ ・・・・・
ちなみに先生が頭を抱えた姿を見たのはこの時が最初で最後だった ・・・・・

「展覧会の絵」 を振るたびに頭を抱える暁雄先生の姿を思い出す ・・・・・そんな曲なのです。


 それでは皆さんまたコンサートでお会いしましょう!


    藤岡 幸夫


「展覧会の絵」 の話 その1(改訂版)はこちら


「黄金の門」(左写真) ウクライナの首都「キエフ」(当時ロシア最大の都市)に町への入り口として建設。(1037年 - 1982年修復)

当時この”門”は荒れ果て市により再建が計画され、コンペティションにガルトマンが応募したのが絵画「キエフの大門」(右図-1869)
この設計は高い評価を得たにも関わらず再建は中止。ガルトマンは1873年39歳で逝去。
ムソルグスキーが親友ガルトマンが果たせなった、地上に自らの作品を 「大門」 として残す夢。それを違う形で果たそうとした事だけは間違いのない事であろう。   <管理人>

2008/09/12   「Sachioの独り言」


 今日は久しぶりの群馬交響楽団とリハーサル。
日本で2番目に古い歴史のあるオーケストラ。風格を感じる。明日の本番が楽しみ。


ところで今日は朝 10時半 からリハーサルで 4時過ぎまで。 (ちなみに 関西フィル のリハーサルは1時から6時) 。ヨーロッパでは10時からが多く、北欧のオケなんか9時にリハーサルが始まって3時には終わっちゃう。


僕はリハーサル前に明け方から勉強するから、リハーサル後は飲むだけ。
4時から飲める店を探してゆっくり飲んで8時には寝ちゃう。

今日は中華屋で独りで瓶ビール。淋しいもんだ。


昔、日本フィルと日本デビューしたときのことを思い出した。


僕はヨーロッパに留学する前は日本フィルの指揮研究員で団員さんたちにすごく可愛がってもらった。指揮台に立つことは無かったけど本当にたくさんのことを教えてもらった。
留学前に各パートから餞別をもらったときは涙が出るくらい嬉しかった。


だから日本デビューのときは休憩中にいろんな団員さんたちがアドバイスをしに僕の部屋に来てくれた。

初日のリハーサルの最後に年配の団員さんがやって来てこう言ってくれた。


「みんな好意でいろいろ言いに来てるだろうけど、聞きすぎちゃダメだよ。自分を失っちゃうからね。それからね、研究員時代はみんなと仲良くしてたけどそれはもう忘れた方がいい。指揮者はね、孤独じゃなきゃいけないんだよ。」


 瓶ビールを飲みながらあのときの団員さんの言葉を思い出した ・・・。


    藤岡 幸夫


2008/09/12


 「展覧会の絵」 の話 その1 改訂版
モデスト・ムソルグスキー
死の直前40歳の肖像
「ロシア五人組」の1人
@


 13日(土)は群馬交響楽団とコンサート。 
ムソルグスキーの 「展覧会の絵」 を久しぶりに振る。

ムソルグスキーが亡くなった親友ガルトマンの遺作展を見て強烈に刺激を受けて産まれた作品だ。


この曲のオリジナルはピアノ独奏曲で、現在一般的にオーケストラで演奏されてるのはムソルグスキーの死後13年経ってフランスの作曲家ラヴェルの編曲によるもの (これで有名になった) 。

勘違いしやすいがこの曲は絵を描写しただけの曲ではない。


ムソルグスキーは当時堕落した生活を送っていた。
学生時代は期待され、身なりも紳士的だったとうが当時のムソルグスキーは誰からも認められず安い酒屋に毎日通って飲んだくれ友達もいなかった。

そんな生活の中で同じように当時無名だった画家ガルトマンと知り合い唯一の友人となる。

ところが唯一の心の友だったガルトマンが急逝して大きなショックを受ける。遺作展に行って強烈な衝撃を受けてとりつかれたように書き上げたのがこの作品 (ピアノ独奏曲) だ。


10枚の絵のうちほぼ間違いないとされるのが7枚あり、絵の間で ”プロムナード” と呼ばれる同じメロディが絵を見る彼の気持ちを描写してる (冒頭の1曲め ”プロムナード”) 。

絵のタイトルがついてる曲はもちろん描写的要素が強いが引き金に過ぎない。


例えば最初の絵の 「グノーム」 のはじまりはまさに親友を失った衝撃だ。


4曲めの 「ビドロ」 は 「牛車」 (絵は発見されてない) とされているが、最近のムソルグスキーの書簡などからの学説でビドロとは 「虐げられた人々」 とする説があり、だとするとその絵はモノクロでポーランドの教会の前で虐げられた人々とギロチンと兵隊が描かれてる。

この説は僕にとって目から鱗で、このショパンの葬送行進曲を彷彿させられる伴奏にのって奏でられる悲しく苦しい歌の本質だと思う。


僕の大好きな8曲めの 「カタコンブ」 (地下墓地の絵でうっすら黄金色に光る頭蓋骨の山とガルトマン自身の人影が描かれてる) にムソルグスキーはこう書き込みをしてる。

「亡くなったガルトマンの創造精神が私を頭蓋骨へと導いている。
やがて頭蓋骨は静かに輝き始める ・・・」

後半でトランペットが奏でる歌はムソルグスキーがまるで 「なんでお前は死んだんだ ・・・!」 と心で叫んでるようだ。


これに続く最も美しい ”プロムナード” にムソルグスキーはこう書き込む ・・・

「死者とともに、死者の言葉で ・・・」


9曲めの 「ババヤーガ」 は怒りだ!

この絵は非常に精密で、ムソルグスキーは「こんな凄い精緻な絵もかけたのに、なんでお前は死んだんだ!」と、叫んでいるよう。

また友人達の間で、以前ハルトマンがこのバーバヤガー(妖婆)に扮装してでたパーティーが余りに滑稽で有名な話だったので、

ムソルグスキーのガルトマンに対する想いが伝わってくる…

ムソルグスキーの手紙の中の言葉 「悲しみ、悲しみ!大きく苦しむロシアの芸術よ!」 の言葉が僕の頭の中をよぎる。


最後の 「キエフの大門」 は死んだガルトマンのそして芸術の勝利だ。

ムソルグスキーはこんな言葉を残してる ・・・

「芸術は美だけでなく、それ以上を具体化しなくてはなりません ・・・中略 ・・・これが亡くなったガルトマンにはできたのです。なのに ・・・哀れな、よるべないロシアの芸術よ!」

この曲はガルトマンの代わりにムソルグスキーが叫んでるのだ。


最初に書いたけど、ラヴェルがオーケストラに編曲するまで無名の曲だった。ラヴェルの編曲は華麗で色彩豊かで素晴らしすぎてこの曲の本質を忘れやすい (忘れても素晴らしい響きがする) と僕は思ってる。

ムソルグスキーの強烈な想いをどこまで表現できるかが勝負だ。


 それでは皆さんコンサートでお会いしましょう!


    藤岡 幸夫


「展覧会の絵」 の話 その2はこちら


2008/09/10   「Sachioの独り言」


 実は2週間ほど前に、健康診断で撮ったレントゲンで肺に影があるから精密検査を受けてくださいと言われた。

僕はずっと関西でコンサートだったのでやっと一昨日に精密検査をして今朝結果を聞かされた。

幸いなことになんともなかったけどこの2週間実は本当にいろいろなことを考えた。


昨年末におふくろが急逝してから自分の中で大きく何かが変わった気がしてる。
今回はその延長みたいなもので、生きることは何なのか真剣に考えたし、そして作曲家が残してくれた素晴らしい音楽にたくさんのことを教えられた。今まで気がつかなかったことも随分発見した。


生前おふくろはよく僕に 「アンタみたいに周りに迷惑かけて好き放題生きてた人がよく指揮者なんてできるわね。もっと人の痛みを知らなきゃダメよ。ホントバカ息子をもつと先が思いやられるわ。」 と言って説教したが、結局おふくろは自分の死によってバカ息子に何かを教えることになったのかもしれない・・・。


実は2週間前の同じころ、僕の親友夫婦の高校1年の娘さんが突然倒れて昏睡状態になった。僕は言葉を失った。彼女は今も意識は戻らない。


自分の娘が死の淵をさ迷うなんて想像を絶する辛さだと思う。その苦しみと戦ってる親友は気丈に普通に振る舞い、そんな彼になんて言ったらいいか言葉が見つからなかった。そして彼の優しくなった瞳に心を打たれた。



作曲家たちの残してくれた素晴らしい作品たちは多くの人たちに元気や癒しや特別な何かを与える力を持っている。

作品に生命力を与え作品の素晴らしさをお客さんに伝えるのが僕たちの仕事だ。

これからも、自分の身にいつ何が起きたとしても後悔しないように自分の天命をまっとうして生きたい。


    藤岡 幸夫



2008/09/08   「Sachioの独り言」


 1ヶ月ほど前に7年前から愛用してた自動巻きの腕時計が壊れた。オーバーホールしている間用に以前からちょっと気になってたダイバーズ用の電波時計を買った。 
僕は昔から腕時計は一つしか持たない主義で、7年ぶりに新しいパートナーが出来たわけでちょっとワクワクした。

なんせ電波時計だから絶対狂わない。とにかく秒単位で信用できる。それにダイバーズの電波時計は今までなかったから嬉しい。


僕は無駄な時間がキライなタイプで (だからせっかちと言われるが) 、この時計のおかけでこの1ヶ月間普段なら諦めてたぎりぎりの電車に飛び乗ってずいぶん時間をかせいだ。


僕は関西でも都内でもほとんど電車で移動するからかなりの時間を稼いだことになる。今日も普段なら諦めてただろうけど70秒余裕があったので1本早い新幹線に飛び乗った。これを逃してたらホテルに着くのが25分遅くなって、明日の朝勉強する時間も少なくとも20分は損するところだった ・・・・・。


・・・・・これでいいのだろうか?車内販売のカツサンドをほおばりながらふと我に帰る ・・・・・。

いつもの自動巻きだったら3分近くの狂いを考えて1本後にしてた。20分あれば温かいかけそばでも楽勝で食べれた。明日の朝の勉強だって20分くらい気合いで早く起きれる。


この1ヶ月間、時間を得したつもりで損してたかもしれない ・・・・・

はじめはワクワクしてたが7年目の浮気みたいなもんだ ・・・・・


やっぱりアナログがいい。自動巻きに早く戻って来て欲しい ・・・・・。


    藤岡 幸夫


2008/09/07


 昨日の長浜のコンサートたくさんのお客様ありがとうございました!

琵琶湖畔の長浜はいつもすごい盛り上がりで6年間連続完売で毎年楽しみにしてたけど、長浜市民会館は今年で閉館してしまう。

6年前、公演2ヶ月前に長浜を訪れたときに僕が反響板があるといいですねと言ったら、コンサート当日には立派な手作りの反響板ができていた思い出深いホールだ。

毎年たくさんのお客さんだけでなく地元の熱いスタッフの皆さんに会うのと手作りの反響板を見るのを楽しみにしてた。

残念だけど来年からは新しいホールができるまで違うホールを使用する予定です。


 今は久しぶりに東京に向かってる。

東京に着いたらすぐ食べたいのがかけ蕎麦。僕は関西の食べ物が大好きで基本的に関東より関西の方が断然美味しいけど、蕎麦だけは江戸っ子のくいもんだ。関西の蕎麦は味が薄すぎる。醤油の匂いがぷんぷんする真っ黒な汁で食うのが蕎麦ってもんだ。

 早く食べたい ・・・・・。


PS 昨日のソロの 川井 郁子 さん、クラシックとは違うジャンルだけどその想いの強い音楽がすごく魅力的だった。彼女のイメージが変わった。どんなジャンルでも美しい音色と想いの強さは人の心をとらえる。ありがとうございました。


    藤岡 幸夫


※9/6 リラックスコンサート in 長浜 のevent reportはこちら
2008/09/06


 4日の関西フィル定期、補助席までいっぱいでありがとうございました。


関西フィルの魅力っていろいろあるのだけど、ピアノ(弱音)の美しさは絶品だと思ってる。今回の定期はそれを改めて実感できた。関西フィルはいつも僕のやりたいことを真摯に音にしようとしてくれて本当に感謝してる。ありがとうございました。


舘野さんのピアノも素晴らしかった!また共演できる話が具体的にあるので楽しみ。


吉松さんの協奏曲はオーケストラパートは相変わらずなんだけど、とにかくソロパートが見事。超絶技巧で舘野さんは大変だったけど、素晴らしいソロパートだと感嘆してしまった。舘野さんとまた必ず再演する約束をしたので楽しみだ。


今日はこれから長浜で関西フィルと滋賀シリーズ最後のコンサート。毎年長浜は盛り上がりがすごくてチケットもとっくに完売。毎年僕の夏は長浜で終わるので、今日一日夏を楽しむつもりです。

 それでは皆さんコンサートでお会いしましょう!


    藤岡 幸夫


※9/4関西フィル定期演奏会のevent reportはこちら
2008/09/02 (2024/4/19更新)


   シベリウス 「交響曲第5番」 の話 その2


※エンターザミュージックのシベリウス5番の回はこちら↓
https://youtu.be/ph6o2MqmZrw?si=nUOc5S7Wbi-H4kIO

ジャン・シベリウス
20歳前後の若き肖像
「5番」は50歳のとき執筆
@

「深い谷間から、登るべき山が見えてくる。するとその時、神が扉を開き神のオーケストラが奏ではじめる・・・・・・」

シベリウスがこの美しく雄大な交響曲5番の着想が浮かんだときの言葉だ。


第1楽章は神聖な調性とされる Es dur で始まる(モーツァルトの時代からこの調性には特別な意味があった。その話しは長くなるのでまたの機会にします)。
ホルンのソロが美しくおおらかな旋律を奏で木管が春をつげるように応える。

シベリウスの残した言葉 「春が近づく気配、冷たい日射しの中、もやと霧を吸いながら交響曲のインスピレーションがわく・・・」

そのままのようなイメージが沸く。管楽器の歌声はまるで大自然の中にいるよう・・・。春の訪れの喜びもつかの間、音楽は少しづつ不安げになる。
前回のその1(2008/08/31付)でも書いたけど、当時第一次世界大戦の直前でロシアの支配下にあったフィンランドは大きな不安の中にあったし、 シベリウス自身は奇跡的に癌を克服したもののまだ死への恐怖があったのかもしれない。


弦楽器が最弱音で奏でる細かい音は胸騒ぎのよう・・・その闇の中のファゴットのソロが訴えるのはシベリウスの言う不安や苦悩かもしれない・・・。


やがて弦楽器がユニゾン(同じ旋律を一緒に歌う)で悲痛なメロディを叫びはじめる。ヴァイオリン、ヴィオラ、 チェロが全く同じメロディを一緒に歌い続けるのはシベリウスならではの世界だ。

この悲痛な叫びが頂点に達すると転調して突然トランペットが高らかに冒頭の主題を奏でる。

弦楽器の最強奏にのってトランペットがまずホルンの主題ではなくて木管の旋律!それからホルンのテーマを演奏するが、僕はこのシベリウスの閃きが大好き。 シベリウスの音楽は理論よりも閃きが先行するところが多くそれが魅力だ。

また初めて振ったときびっくりしたけど、フラット系からシャープ系に転調してここはオーケストラがすごく良く鳴る。

ここからの後半はまさに春の到来のようで、テンポがどんどん上がって最後はシベリウスの言う 「魂が歌うときの狂喜」 のようだ。


2楽章は各パートがとてもシンプルに出来てるが、それだけに難しい。音色と音程が勝負。

シベリウスが童心に返って、自然の中のいろんな音が聞こえ優しさに溢れる。ピッチカートは水の精のよう・・・。途中オーボエによって終楽章の美しいテーマが姿を現す。 このテーマはコントラバスのピッチカートでも姿を現す。
最後はまた不安が襲ってくる・・・。


終楽章(3楽章)は弦楽器の早い刻みで始まるが、まるで風が吹き荒れるよう。 そしてホルンが雄大なテーマを奏で始める。まるで美しい山々のようだ。 木管とチェロで歌われる対旋律の美しさよ!C dur に転調するところは振ってて最も気持ち良い転調のひとつ。


最初ホルンで奏されたテーマが、弦楽器のスピッカートで水しぶきのように奏されて木管が歌うところはなんとも切ない・・・。その後、 弦楽器が消音器をつけたまま悲しく歌い上げ、そしてこの交響曲の最も美しい場面を迎える・・・。


「ある日の朝、16羽の白鳥が頭の上を旋回し、やがて陽光の射し込むもやの中にゆっくりと消え去っていく・・・。その高貴な美しい姿は銀のリボンのようで、 生涯最も感動したことのひとつ」
というシベリウスの言葉を現してるのはここだと僕は信じてる(その1で書いた、渡邉暁雄先生に質問されたときはどこだか分からなかったけど・・・)。 トランペットとトロンボーンに 「高貴に」 という指示がついているのだ!

ここは、消音器をつけた弦楽器の悲しい歌はクライマックスでEs dur に転調(ここもすごく気持ちいい)すると、 前半でホルンで奏でられたテーマがトランペットで静かにゆっくりと奏でられる。それに応えて消音器をつけた弦楽器が奏でるメロディ・・・ここの美しさは格別だ。 僕には美しく舞う白鳥たちの姿が見える・・・。

そして交響曲は神の山々も姿を現し、美しく雄大なクライマックスを築き上げる。最後に長い休符を挟んで和音が連続するが、僕はこの長い休符をはしょったりしない。 この休符はこの和音が大自然にこだましているのだと思う。


シベリウスは若い頃は社交好きですごい贅沢三昧で浪費家だった。経済破綻してしまったのだから半端じゃない。 また酒クセが悪く喧嘩して牢屋に入れられたこともあるほどだった。

そんなシベリウスはやがて田舎にこもり自然に囲まれる生活に幸福を見いだすが、癌に犯され暗闇をさまよう。またロシア支配下での怒りと悲しさ・・・。
シベリウスの言う 「現世の苦悩」 だ。

そして、癌が奇跡的に治りフィンランドはロシアから独立する・・・。
生きる喜びと愛国心、自然への賛歌、そして切なさ・・・。

いろいろな想いが詰まってこの神聖な交響曲が産まれたのだ。

関西フィル とこの交響曲を演奏するのは3度目なのでより深いところを目指せるのが嬉しい。僕のやりたいことを真摯に音にしようとしてくれる 関西フィル には本当に感謝だ。


 前半はこれまた僕の大好きなヴォーン・ウィリアムズのタリスの主題による幻想曲。この世で最も美しい弦楽オーケストラ作品のひとつ。2つにオーケストラが別れ、 第2オケがオルガンのような響きを奏でる。

2曲めの作曲家 吉松隆さん が ピアニスト 舘野泉さん のために書いた左手のためのピアノ協奏曲も美しい作品だ。聞いてるとまるで両手を使っているよう。


日本を代表するピアニストの舘野さんはフィンランド在住で北欧音楽の理解が深く、吉松さんは大のシベリウス信者。

9月4日の定期は近年僕が組んだなかで最も美しいプログラムだ。


それでは皆さんコンサートでお会いしましょう!



PS 余談だが、昨日舘野さんに言われて初めて知ったけど舘野さんも慶応義塾高校卒業で、今回は吉松さんと僕と舘野さんが同じ高校の先輩後輩になる。素直に嬉しい。


シベリウス5番の話-その@はこちら
シベリウス5番の話-そのBはこちら


    藤岡 幸夫


←つづき(過去) つづき(先)→

過去一覧へ