海外と日本の往復でお忙しい藤岡さんから2004年10通目のお手紙が届きました。今回は、藤岡さんの“「春の祭典」とサイモン・ラトルの思い出”と、2枚ものプライベート写真付き
です。
是非、お楽しみ下さい。
皆様のご感想のメールもお待ちしています。


皆さんこんにちは。
クイーンズランド管とのコンサートを終えて日本に戻って、12月の「第九」、「天地創造」の合唱団のリハーサルを終えて、今週末からまたスウェーデンに来てます。

クウィーンズランド管は今回で3度目。ホールはサントリーホールに似てて、ショルティが絶賛したというのがホールの自慢だ。プログラムはサティの「ジムノペティ1・3番」、オーストラリア人のパーカッション協奏曲、後半はラヴェルの「亡き王女のパヴァーヌ」、ストラヴィンスキーの「春の祭典」。今回はここのオケとは3度目なので今までよりお互いの信頼関係がさらに深まったと実感できる楽しい1週間だった。
とにかく皆明るくまた集中度が高い。「春の祭典」では2部の前半がすごく音楽的に難しい。ピアニッシモのクオリティがとても大切で、聴き手をここで引き込めるかどうかが一つの鍵だと思ってるけど素晴らしい演奏だった。プレーヤーが出すアドレナリンが一点に集まったいい演奏会でした。FM で全国生放送だったので録音を聴いてみたい。

終わった後みんなで飲んだビールが美味しかったぁ。

さて、前から話していた、「春の祭典の思い出」です。

この曲と出会ったのは中1の時。器学部の同級生がいつも小型テープレコーダー(この当時はウォークマンなんてない。モノラルで本体のスピーカーで聴く)を持ってきてていつも昼休みに音楽室で色々な曲を聴いてた。その時出会ったのがこの通称「ハルサイ」で、聴いた瞬間に夢中になってまった。初めて聴いたその日に下校途中でスコアを探しに行ったのを良く覚えてる。(見つけることは出来たが、あまりにスコアが高価で正月にお年玉を貰うまで買えなかった)。以来、僕のデヴュー曲は「絶対ハルサイ!」と決めていた。

時は流れて、イギリスの音楽大学に入学して2年目、大学院の卒業テストを兼ねて、学生オーケストラの定期演奏会を指揮することになった。当然僕は「ハルサイ」を選らんだ。(ちなみに学長が前半に選んだ課題曲はシューマンの交響曲4番。今考えるとシューマンの方が難しいくらいだけど、当時はそんなこと全然分かってなかった)。

「ハルサイ」を振れる事になった僕は興奮して毎日猛勉強。
リハーサルが始まる前の週にサイモン・ラトルがバーミンガムで「ハルサイ」を振ることになっていて、僕の先生のティムが紹介してくれてリハーサルを見に行った。リハーサル後、ラトルが舞台袖で「キミがティムの生徒かい?」と声をかけてくれた。「僕の部屋では取材の連中が待ってるからここで話そう。キミはこの踊りを見たことあるかい?」
僕が見た事ありませんというと、その場であらゆる場面を説明しながら20分近く踊ってくれた。これには本当に感動した。「キミは後半の変拍子(5拍子)をなんで2+3で振るかって聞いたよね?確かに論理的には3+2だけどここの踊りが2+3なんだ」
といってラトルが中を舞う。「それに僕はティンパニストだからね。人によるけど僕は2+3で感じるんだ」。「前半は何を振るの?」 シューマンの4番ですと答えると、「絶対フルトヴェングラーを聴きなさい。あの演奏がベストだよ。最高だから」。

とにかく僕はこの時ラトルの音楽、リハーサル・テクニック、人柄、全てに感動してしまった。

演奏会当日、学外審査員としてイギリスで活躍する尾高忠明先生が来てくださった。その他にもBBCフィルの幹部の人達やロンドンのマネージャー達も噂を聞いてやってきた。僕にとって渡英して初めての大きな演奏会というだけでなく、チャンスをつかむことが出来るかもしれないビッグイヴェントだった。オーケストラの学生達も最初のリハーサルからテンションが高く興奮状態が続いて、本番前は異様な雰囲気だった。僕は「早く振らせてよ!」と緊張というよりワクワクする気持ちを抑えるので精一杯。そしていよいよ本番。

ところが前半のシューマンは最悪。人のせいにするのは良くないがラトルの言うとおりにフルトヴェングラーを聴いてしまったのが悪かった。あんなすごい演奏を聴いちゃったもんだからリハーサルから完璧に自分の音楽を見失っていた。とにかくこの曲の本質を全く理解できてなかった。でもあの時の僕の頭はとにかくハルサイで全く落ち込まず(おいおい・・)に後半へ。

部屋のベランダからの眺め。寒いニュージーランドから来たので、緑が強烈に感じられ、まさにストラヴィンスキーの「冬の大地がバリバリと音を立てて崩壊し春が訪れる・・・」のイメージ。昔買ったハルサイのLPのジャケットのドキツイ絵の表紙を思い出す。

ホテルの部屋のベランダ。ここがお気に入りの勉強スペース。目の前は春の緑。頭の悪そうな(失礼)鳥がぎゃぁぎゃぁ鳴くのもハルサイっぽくてよかった。この部屋にマジで3日間こもった。カメラのバッテリー切れで他の写真を撮れなかったのが残念。

 

 いよいよ「ハルサイ」だ。これは自分で言うのもなんだけど凄かった!会場全体が興奮に包まれて、そんなこと経験するの初めてだったから嬉しかったなぁ。(今聴くとテンポは速いし、とんでもないところもあるしまだまだだだけど・・・)。とにかくこの曲を振れると決まってから3ヶ月、朝から晩までこの曲の勉強をしてたから、本番は勿論リハーサルもスコアを使わないくらい曲が体に入ってた。

 演奏会後、シューマンはボロクソに言われたけど、「ハルサイ」は尾高先生や他の先生もすごく褒めてくださったし、BBCフィルの幹部達はチャンスをくれると約束してくれ、次の日の新聞の批評でも大絶賛、おおいに自信がついた。何より指揮者になると夢見て、デヴューはハルサイと決めてたことが実現したわけで、この時はこの仕事の難しさや怖さ、辛さをまだ知らず、本当に幸せだったと思うし怖いもの知らずの演奏だった。そしてこの演奏会がきっかけとなってこの後、本当にたくさんのチャンスがやってきた。(「四つの海の間奏曲」の思い出にもつながる。この話は次回にします。)

 僕にとってハルサイ=「指揮者になりたい!という強い気持ち」で、今回は久しぶり(最後にルーマニアで振ったのが10年近く前)に指揮したけど「指揮者になりたい!」という当時の新鮮な気持ちが体中によみがえった。
この気持ちは一生大切にしたいと思う。

 さて今日はスウェーデン室内管(素敵なオーケストラ!!)と2日目のリハーサルが終わったところ。ここの話は次回にします。 

 来月関西に2ヶ月ぶりにやっと帰ります。12月5日はいずみホールの関西のオーケストラによるチャイコフスキーシリーズ最終回。交響曲の2番と5番。シンフォニー2曲は関西フィルだけなので燃えてます。5番は僕と関西フィルが今までに最も多く取り上げてる交響曲のひとつ。我々ならではの一体感と個性に磨きをかけます。2番は初めてだけど名曲と感じてもらえるような生きた演奏を目指します。この後、シンフォニー・ホールでハイドンの「天地創造」、第九と続きます。
皆さんお楽しみに!!


      2004年11月17日


 

PS1 あの時、ラトルは別れ際にハルサイの初演時の振り付けのバレエのヴィデオの入手の仕方まで教えてくれて、早速手に入れた。まさにラトルが踊ってくれたとおりの振り付けだった。

PS2 ハルサイの演奏会の次の日、尾高先生が夕食に誘ってくださった。それまでに何度もイギリスで先生と食事をする楽しい機会はあったけど、この時は特別。ハルサイについて良くなかったところを丁寧に教えてくださった。それは本当にツボを得たアドヴァイスで本当にありがたいと思ったし嬉しかった。今でもそのアドヴァイスはよく思いだす。

PS3 例年の第九。去年までは振りすぎと反省して今年は関西フィルとの2回だけに絞った。毎年この曲には苦しめられるけど、今年こそはと気合が入る。

PS4 天地創造で共演する大阪アカデミー合唱団、第九での田辺第九合唱団(田辺とシンフォニーホールの定期と2回共演する)と最初のリハーサルを済ませる。どちらも素晴らしい指導者による普段の厳しい練習が気持ちいいほどに伝わってきた。本番が楽しみ。

PS5 ジャズピアノのIvan Paduart の新譜を買う。珍しくアコーディオンソロとの共演で素晴らしいの一言。アコーディオンの情熱的で時になんとも切ない歌に酔う。

PS6 「美しき日々」の空港の別離のシーンは数ある恋愛ドラマの別れのシーンの中でも印象深かった。ィ・ビョンホンは僕が女性だったら惚れますね。

※本ページの写真は藤岡さんのプライベート写真です。
 
無断転用はお断り致します。


〜藤岡幸夫さんを応援するWEBの会より〜
すでに届いたファンの皆さんのメールをご紹介しています。是非ご覧下さい!
そして、あなたも是非メール下さいね!


[ HOME ] [ PROFILE ] [ CONCERT SCHEDULE ] [ DISCOGRAPHY ] [ LETTERS ] [ ABOUT THIS SITE ]
[ FROM MANCHESTER ]